ボーイミーツガール×SFの傑作
『ボーイミーツガール×SF』といえば、皆さんは何を思い浮かべるだろう。筒井康隆の『時をかける少女』は続編ともいえるアニメ版が細田守監督により制作され大ヒットした。あるいは歴史的なヒットとなった新海誠監督の『君の名は。』だろうか。2022年に公開された『夏へのトンネル、さよならの出口』は、同様に『時間』をうまく使って新たな角度からボーイミーツガールを描いて見せた傑作だ。
ネタバレ有りでレビューを書いていきたい。
『夏へのトンネル、さよならの出口』のあらすじ
頼るべき家族の不存在という共通項を抱えた2人の主人公。コミュニーケーションの不得意な2人が、共同戦線を通じて徐々に距離を縮めていく姿に、ドキドキされた方も多いのではないだろうか。
私は本作を傑作たらしめているのは、「演出力」だと考える。小学館ライトノベル大賞において二つの賞を受賞した原作小説も素晴らしいが、原作に対する田口智久監督の肉付けの力には目を見張るものがある。
田口智久監督の「演出力」とガラケー
本作のキーアイテムは「ガラケー」だ。非常にリアルな質感で出てくるガラケー、キータッチの音に懐かしさを感じた方も多いのではないだろうか。本作においてガラケーは様々な役割を果たしている
- ノスタルジックな(今の20~30代にとっての)「かつての夏」を想起させる装置
- 途中でスマホが登場することにより、ウラシマトンネルが生んだ時間の壁を表現
- 異世界への連絡手段として、時間の経過をドラマチックに描写
実は原作小説では異世界の中でガラケーが活躍する描写は無い。原作ではトンネルへ入る前のカオルからあんずへのメッセージは、ビンの中に入った手紙で伝えられるし、二人が再開するのは、あんずがカオルを数年後に探しに行ったからだ。「ガラケー」というシンプルでレトロな存在を入れることにより、物語にドラマチックな展開を導入した田口監督の手腕が光る。
思えば、冒頭の雨の中、駅舎で出会うシーンも、原作小説にはない(カオルのクラスにあんずが転入してきて出会う)。これは原作小説のイラストに水平線と駅のホームが書かれていたことから、田口監督が着想したそうだ。この場所は二人にとって特別な場所として、作中で繰り返し描写される。
映画ならではのドラマティックな展開を、驚異的な演出力・構成力で生み出したところが、本作が傑作と言えるポイントだと考える。
塔野カオル(鈴鹿央士)の演技
主人公・塔野カオルの声は、若手俳優・鈴鹿央士が演じた。正直、棒読み気味だなと感じていたが、最後まで見れば演出上の意図があったことがわかる。カオルは妹を失った日に、様々な感情や誰かに「大好き」と伝えるということを「失くしてしまっていた」のだ(それは彼が妹から最後にきいた言葉でもあった)。失くしたものを取り戻せるウラシマトンネルの中で、それらを取り戻したカオル。その声には徐々に感情が宿っていき、そしてあんずへの「大好き」というメッセージを送るに至る。
前半を意図的に棒読み気味にしたことで、後半の演技をさらにドラマティックに演出した。
クリストファー・ノーラン『インターステラー』の強い影響
『夏へのトンネル、さよならの出口』はクリストファー・ノーラン監督の傑作SF『インターステラー』の影響を強く受けている。ウラシマトンネルの設定のかなりの部分は、本作からの借用である。いわば『君の名は。』ミーツ『インターステラー』ともいうべき非凡な発想によって本作は生み出され、そして映画化に至ったということになる。
しかも著者・八目迷によって、2019年に世に出された原作小説『夏へのトンネル、さよならの出口』は、なんとデビュー作なのである。原作ではガラケーが無いことにより、二人の再会がより緊迫感のある形で描かれていて、また別の面白さがある。内面描写を抑えめにした映画版と、内心の吐露が胸を打つ原作、両方楽しんでみてほしい。
八目迷はその後も単行本をいくつか書き上げており、『ミモザの告白』という作品は『このライトノベルがすごい!2022』新作部門にて第2位に選出された。本作を面白く鑑賞された方は要チェック!
おわりに-制作会社もすごい!
最近はアニメーションの制作スタジオがどこであるか、ということが注目されることが多い。本作を非凡な作品に仕立て上げた制作スタジオ・CLAPにも賛辞を送りたい。2021年に『映画大好きポンポさん』という日本アニメ界の歴史に残る大傑作を生みだしたことで知られたスタジオだ(本作は細田守監督『竜とそばかすの姫』に並びアニー賞に選出されたことで話題になった)。
映画に特化したアニメづくりを公式HPで謳っている通り、彼ら/彼女らの作品は90分弱の時間で大きな感動を人に与えている。映画『この世界の片隅に』でプロデューサーを務めた松尾亮一郎氏が2016年に設立したCLAP。まだ劇場アニメの作品数は3作と少ないが、今後日本のアニメーション映画において台風の目になってくると思われる制作会社である。
本作においても、2人が初めて手をつなぐシーンでは、一切のセリフなく、それぞれのためらいや感情を手の動きだけで表現していた。しかも今回は声を先にすべて録り、それに合わせて作画を行うという田口監督の得意とする手法で、演技とアニメーションのズレを抑え、リアルな人間ドラマとして見れるような工夫も行われている。
二人がウラシマトンネルを走るシーンでは、3Dアニメと2Dアニメが違和感なく融合している。特にマンガの原稿が散らばり、拾い上げるシーンの自然な表現の素晴らしさたるや。
ぜひCLAPの制作作品についても、引き続きチェックしてほしい。それでは、また遊びに来てください。
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