『ムトゥ 踊るマハラジャ』
まずは妙にこってりした予告編を見てほしい。1995年にインドで公開された『ムトゥ 踊るマハラジャ』は日本で25万人を動員し、その衝撃からインドへ行く日本人観光客を爆増させたという。日本のおけるインド映画ブームの原点となった作品だ。個人的に面白かったポイントを書いていく。
※映像に出てくる「マサラ映画」とは、ロマンス×アクションなど複数のジャンルが混じった映画のこと。スパイスを混ぜたものを指す「マサラ」に由来する。
型から逸脱したストーリー
大地主のラージャに仕えるムトゥは、性格の明るさと腕っ節の強さで主人からの信頼と使用人仲間たちからの信望も厚い人気者。しかし主人とともに訪れた芝居小屋で看板女優のランガナーヤキ(ランガ)と出会い、ランガに一目惚れしたラージャと三角関係に陥ってしまう。さらにラージャの屋敷の乗っ取りを企む叔父アンバラの陰謀が絡み、ストーリーはムトゥの出生の驚くべき秘密にせまっていく。
引用:Wikipedia
あらすじからも感じるほどのこってり脚本で、典型的なアクション映画のように見える。でもこの映画、ただの映画じゃない。例えばハリウッド映画だと次のようなストーリーの型がある。
- <起>すごい主人公の登場・紹介(最初の20分くらい)
- <承>その主人公ですら太刀打ちできない困難(開始から30分頃に発生)
- <転>主人公パワーアップor仲間を作る(ストーリーの大半)
- <結> 敵を倒すなどで困難を乗り越える(ラスト30分くらい)
アクション映画の95%はこの展開で作られているはずだ。しかし『ムトゥ 踊るマハラジャ』はその型をぶっ壊してしまう。
- <起>すごい主人公の登場・いかに主人公がすごいか(2時間)
- <承>仲間との対立(ラスト30分地点)
- <転>主人公の過去(ラスト25分~5分)
- <結>なぜか主人公の勝利<5分>
完全に観客が置いてけぼりになってしまうストーリー構成だ。更に唐突な歌と踊りが挟まれるため、ある意味目が離せない作品と言えるだろう。主人公・ムトゥがあまりにも強すぎて、アクションパートでは一切ピンチにならない。ジャッキー・チェンですら必ず一度は挫折するのに。
エキストラの数がハンパない
100人規模の物言わぬエキストラに囲まれながら、たいていのシーンは進行していく。意味もなく大量に俳優が投入されている。インド、人余り過ぎ。マハラジャという邦題が示す通り、インドの大金持ちの話である。だからなぜか背景に象が闊歩していたり、10回以上衣装チェンジしたりする。インド映画、お金使いすぎ。
微妙に勧善懲悪じゃない
作中において悪はしっかりとは裁かれない、にもかかわらずリンチによる死が横行している理不尽さがインドらしい。警察とかも全然機能してない。そして主人公は一対一の勝負で自分だけ武器を使う。これは文化的にセーフなのだろうか。
そして善/悪の分かりやすい軸の代わりに登場するのが、身分である。高い身分の者が低い身分のものを統治する、インド的発想だ。日本で言えば水戸黄門的な上下関係が、悪役と主人公の間にある。だからこそリンチの対象には、低い身分の者しかならない。こういった文化の違いこそ、外国映画を見る醍醐味だろう。
編集が下手
これもだんだん面白くなってくる要素で、俳優が全員めちゃくちゃ早口なのに異常なほどテンポが遅い。それは物語の進行にも、作品への意味付けにも必要のないカットが大量に挟まれるからだ。唐突な孔雀の顔のアップ、こちらを訝しそうに眺めるインドの麗人、歯の無いおっさんの笑顔。テンポの悪さが編集の下手なYouTuberの動画レベルで、じわじわくる。
おわりに
『ムトゥ 踊るマハラジャ』を一言で表すならこうだ。
いわゆる低予算/低クオリティーのB級映画とは一線を画す、過剰な演出の数々。そこに投じられた費用を無事に回収したであろう作品の人気。本作のヒットで日本でも人気となった、主演・ラジニカーントのコミカルな演技。どれをとっても見ておいて損はないと思う。
典型的なインド映画の要素は、全てここに詰まっている。マサラムービー入門にオススメの一作と言えるだろう。
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