『カメラを止めるな!』が面白かった
『カメ止め』なんて言われて2018年を席巻したB級映画『カメラを止めるな!』。無名の監督が自分で脚本を書いて、自分で編集までして、無名の役者を起用しながらも奇跡の大ヒット。映画界のスターダムに躍り出た。さて、この映画の人気の理由は何か。それは斬新な物語の構造ではないだろうか。
そもそもこの映画のジャンルはなにか。これ自体が大きなネタバレになってしまう所がもう面白いが、ホラー映画の形式を間借りしたコメディーであり、無名のおっさん監督の青春映画だ。大漁の血のりやグロテスクなシーンが多発するにも関わらず、ラストシーンには強い爽快感がある。まさしくこれは青春なのだ。
そのジャンル間の飛躍を可能にするのが、『カメラを止めるな!』の物語の構造だ。ワンカットの技法は1948年の映画『ロープ』に始まり様々に用いられてきたが、ここではそれを劇中劇のために使っている。詳しくみていこう。
マトリョーシカの構造
この映画はマトリョーシカの構造を持っている。物語の冒頭の場面、作中の「カメラを止めるな!」でゾンビに襲われる前に役者たちが行っていた、いわばドラマ内のドラマが一番外側のマトリョーシカだとする。それを劇中劇として、あの37分長まわしのゾンビに襲われる場面が2つめのマトリョーシカとなる。そして観客はその37分の内側に、別のマトリョーシカを発見するのである。
そしてこの映画の面白みは、内から外へ、あるいは外から内へと越境し、繋がってしまう所にある。例えば長回しシーンでは、アクシデントに焦った監督がカメラ目線で話しかけてしまったり、カメラマンが倒れてシーンが進まなくなったりする。護身術の「ポン!」も現実である撮影シーンと劇中劇の虚構を繋ぐ象徴的な場面だろう。
『カメラを止めるな!』の面白さは、外側の種明かしを内側でしていくところにある。そして外側に行けば行くほど虚構性が高まり、演技も下手になっていく。監督の妻・日暮晴美の長回しシーンでの演技は爆笑ものだが、それも現実の撮影シーンでの自然な妻としての演技あってのものだろう。
ゾンビ映画の形式を借りて
初めに書いたようにこの作品はゾンビ映画の形式を借りたコメディ/青春映画である。ならばゾンビ映画というマトリョシカの内側にコメディが入っていて、さらにその内側にはラストシーンにおける青春映画という小さいマトリョシカが入っているという3段構造になっていることがわかる。こうして観客は作品に振り回されて大満足する構造になっているのだ。
作り物の面白み
筆者がこの作品で感心したのはエンディング、全てを種明かしするように撮影現場の様子を別撮りで撮ったカメラの映像が流れる。これが現実から見た最後のマトリョーシカ、『カメラを止めるな!』は4層構造なのである。
嘘っぽい演技しか出来ないアイドル・松本逢花は監督にアドリブで叱責されるシーンと、撮影と共に成長し監督にも「出来るじゃないか!」と褒められた終盤のシーンでは大きく演技力に差がある。そのため私たちはマトリョーシカの内側に行けば行くほど、これが現実なのだと錯覚していく。しかしこれは映画だ。長まわしで演技力を急成長させたアイドルなんて本当はいない。それを最後のマトリョーシカである「現実」が知らせる。なんて面白い構造なんだろう。
主題歌も種明かしとして
更に面白いのが、主題歌までも種明かしとして使われているところ。
こちらが主題歌となった謙遜ラヴァーズfeat.山本真由美の「Keep Rolling」だ。改めて聴きなおすとこのイントロ、聴いたことが無いだろうか。
そう。若き日のマイケル・ジャクソンが家族と共に演奏したJackson 5の「I Want You Back」である。ゾンビ映画のパロディーたる本作のために、昔の名曲をパロディーした主題歌を用意したというわけだ。監督の要望でパロディーを決行したというこの主題歌は、本作の構造をそのまま音楽にした形だろうか。「I Want You Back」が始まると期待する観客の姿は、ゾンビ映画を予想していた姿と重なる。いわば主題歌は横に添えられた小さなマトリョーシカなのだ。
(※なお配信版では原曲としてオリジナル版の作曲家たちがクレジットされているので、盗作ではない。)
優れた脚本は低予算を跳ね返す
本作の面白みである構造は、監督が手掛けた脚本が生み出した。低予算でも、無名の役者でも、脚本が面白ければ良い作品は作れるということを久々に証明したのが、本作「カメラを止めるな!」だったのではないだろうか。海外でも高評価だったそうで、日本の映画の未来は明るい。
2017年に「アイスと雨音」という映画が公開されているのだが、こちらも74分長回しな上に、無名の10代の役者たちが演技を披露していて面白いのでご紹介しておく。決してコメディーではないのだが、本作の構造美を楽しめた方ならハマるはずだ。それでは。
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