池松壮亮の怪演が彩るのぞき見純愛譚『君が君で君だ』

『バイプレイヤーズ』の松居監督、最新作。1人の女の子を好きになったストーカーたちの恋愛模様が、愛とは何かを問いかける怪作となった。

『君が君で君だ』

愛が暴走するあまり、好きな女の子の好きな人(尾崎豊、ブラッド・ピット、坂本龍馬)に成りきりつつ、隣のアパートから日夜のぞき見を続ける3人組の物語。3人の幸せで異常な時間は、向井理演じる借金取りの闖入で突然終わりを告げる――。

ストーカーが主人公

松居監督は2月に『バイプレイヤーズ』の続編を、3月に『アイスと雨音』を発表した、新進気鋭の若手監督。『君が君で君だ』は2015年に『私たちのハァハァ』で描いたような、人の感情をえぐりだす作品となった。しかし後者が女子高生を主人公としたのに対して、本作の主要な登場人物たちは10年以上ストーカーをやって30歳を超えたおっさんたちである。かなりショッキングでブラックな笑いもあるので、池松壮亮に惹かれてカップルで見に行こうと思っているならやめた方が良い。

怪奇小説の味わい

米文学の巨人ナサニエル・ホーソンは「ウェイクフィールド」という作品で、妻を置いて家出したあと20年間すぐ近くに住み、妻の観察を続けた男の話を書いた。テーマの部分は大きく違うが『君が君で君だ』も、それに通じるほどの奇妙な味わいがある。

最初は3人の共同生活が、男子高校生がクラスのマドンナを愛する的なノリで進んでいく。しかしちょっかいをかけた借金取りが家に無理やり入ってきて、その生活が終わりを告げるや、3人の登場人物それぞれがターゲットとなった女の子(ソン)に対して、それぞれ違った形の愛持っていることが明らかになっていくのだ。

池松壮亮のヤバい演技

池松壮亮演じる「尾崎豊になりきる男」の、ソンに対する偏愛・狂信・全肯定。一瞬崇高な純愛を思わせるが、決してそれだけでは語りきれない狂いっぷりが本作最大の魅力だ。本当にすごい役者で、彼の演技を見れるだけでもかなりいい作品だと思うので、覚悟して見てほしい。

ピーピングトム的快楽

のぞきは人類が有史以来繰り返してきた快楽だった。この作品でも3人のストーカーが想い人の私生活を監視する。しかし真のピーピングトム(のぞき魔)とは誰なのか。それは他でもない映画の観客だ。他人の私生活をノーリスクでのぞき見出来るからこそ、映画は面白いのだ。だとすれば『君が君で君だ』は二重ののぞきが発生する、メタ的な味わいがある映画と言えるだろう。

ストーカーを「純愛!」と賛美する作品ではない

これだけは声を大にして言っておかねばならない。ネタバレになるかもしれないが、本作はストーカーを賛美していない。なぜわざわざこんなことを言うのかというと、今年5月に公開された映画『恋は雨上がりのように』について、女子高生とおっさんの恋愛を描くなんてけしからんという糾弾がSNS上で流布され、炎上したからだ。

しかし『恋は雨上がりのように』は女子高生と決して恋愛関係にならず、親の立場から諭し続けるまともなおっさんの物語である。炎上に関わった人たちは確実に内容を見ずに批判している。嘆かわしいことだ。『君が君で君だ』もその危険がある作品だと思うので、一言書いておきたかった。

おわりに

そして本作では向井理やYOUの演技も輝いている。特にYOUのストーカーの息子を持つ母親という役柄は良い立ち位置で、客観と主観の狭間で揺れながら3人を眺める人物を、絶妙に演じている。

自分であることを保つために狂気に走っていく姿は、在りし日の尾崎豊を思わせる。なぜブラッド・ピットなのか、なぜ坂本龍馬なのかはわからないが、尾崎豊を選んだ理由だけは明確だ。ただ『君が君で君だ』をもしも尾崎が見たとするなら、激怒することは間違いないと思う。そんな作品だった。

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