『君の名は。』の会社の最新作
『君の名は。』を大ヒットさせたアニメ制作会社、コミックス・ウェーブ・フィルムの最新作が『詩季織々』だ。『衣食住行』をテーマに3人のクリエイターが短編アニメを監督した作品で、『時の移ろい』がそれぞれに共通している。
総監督は李豪凌(リ・ハオリン)。絵梦アニメーションという中国のアニメスタジオの代表取締役だ。このスタジオで作られた十数個の作品は、既に日本でテレビアニメとして放映されている。
透明感のあるアニメーション
『君の名は。』に代表される新海誠作品の代名詞、透明感のあるアニメーションが『詩季織々』でも表現されている。
その秘密は光と水をどのように描くか、ということなのだろう。液体がその向こうにある景色に色をつけるように。背景をぼかすことでその対象物との間に隔たる空気や光を描き出している。
この作品は新海誠の『秒速5センチメートル』に感動した李豪凌監督が、コミックス・ウェーブ・フィルムにコラボを申し入れて実現した作品である。新海誠と同スタジオの作り上げてきたアニメーションの技術を借用しながら、新たなアニメーションを産み出そうとする面白い試みだ。
それでは個々にレビューしていこう。ネタバレも含むことになると思うので、未見の方は注意。
陽だまりの朝食
易小屋(イ・シャオシン)監督の初めてのアニメーション映画。
北京で暮らす主人公が、これまでに食べてきたビーフンの思い出を振り返り、都会のチェーン店のビーフンに物足りなさを覚えていく。過剰なまでにビーフンが描かれながらも、それ以外のものに鑑賞者の注意を向けさせる。
描かれているのは単なる食の思い出ではなく『時の流れ』だ。幼少期の完璧なビーフンと、青春期の麺が機械に作られているが美味しいビーフン。そして大量生産される北京のビーフン。段階を踏んで徐々にビーフンのクオリティーが下がっていく。
都市化される中国の悲しみ、あるいはかつての祖国へのノスタルジーがそこには描かれている。しかし展開が性急すぎて、惜しい作品になっている。また独白が多くを語りすぎていて、鑑賞者に想像させる余地がない。短編でなければ…という面白い発想の作品。シリアスな作品なのに、ビーフンが連呼され過ぎて、だんだんシュールな笑いが自分の中で起こるのはどうなんだろう。おばあちゃんは遺言がビーフンで良かったのか。
小さなファッションショー
新海誠の元でCGチーフをしてきた、竹内良貴の初監督作品。
最盛期を過ぎたファッションモデルの苦しみを描いた作品で、ここにも『時の移ろい』が描かれている。人々に消費されながら、流行の最先端にいるために自分を傷つけるモデルの姿に、都市ではいかに早く時が流れているかを思わされる。
都市を象徴する高層マンションにすむ主人公が、とても大切にしている妹のことを、本当は何もわかっていないという皮肉。陽だまりの朝食と違い、すぐそばに大切な人たちがいるのに、一人で戦い続けるファッションモデルの姿が、まさに都市に生きる人々の孤独を象徴している。
ただし全ての展開が予想通りに起きていくことや、キャラクターが平面的な人物ばかりなのが惜しい。
例えばモデルのマネージャーであるスティーブはなぜかオカマとして描かれる。単なるゲイではなく、女言葉で話すおっさんである。『プラダを着た悪魔』などで使い古され過ぎたキャラクター造形だ。つまり新規性と呼べるものが、舞台が中国であるというその1点のみなのである。もったいない。
上海恋
総監督・李豪凌の短編アニメーション作品。突出してクオリティーが高かった。
『住』がテーマなのだろう。主人公は建設設計の仕事をしている。仕事のスランプから神経質になり家族の元を離れ、独り暮らしを始めるが、そこでかつて好きだった女の子からもらったテープを見つける。そして思い出が次々と甦るという物語だ。
完全に李豪凌監督verの『君の名は。』だった。男と女、二人の間を隔てるのは時の流れなのである。しかも『君の名は。』と違い過去は変えられない。
間にカセットテープを介することで見事に時の隔たりを表現している力作だ。また『君の名は。』がノスタルジックな日本文化を描いたように、上海の伝統的な建築である、石庫門が舞台になっていることも素晴らしい。
じわじわと取り壊されながら、都会の中でなんとか残っている石庫門に、二人の関係性を思わずにはいられない。最後に石庫門は作り替えられ、二人は新たな関係を始めていく。『衣食住行』と『時の移ろい』を踏まえた上で、最良の選択を取った作品である。
正直これだけでも見てほしい。
アニメの普遍性
このアニメにはビーフンや石庫門、やたらダサい制服など、中国文化が顔を覗かせている。それなのに中国という舞台を意識させないほど、普遍的な作品に仕上がっていた。19世紀から描かれてきた都市の孤独というテーマが、日本にも共通するということは1つの理由だろうけど、それだけではない。
アニメという表現媒体は、その国の独自色を薄めるのだろう。俳優がおらず、声優は実写よりも自然に吹き替えられる。そのことが、作品に余計な色がつくのを防いでいるようだ。
おわりに
3作のオムニバスだが、2人の中国人監督の作品には新海誠への敬意を込められていた。「陽だまりの朝食」のラストで過去の思い出とすれ違う場面や、「上海恋」での時の隔たり。とても愛を感じた。
『君の名は。』『秒速5センチメートル』を始めとする新海誠作品が好きな人なら、絶対に見るべき作品だし、そうでない人は見ない方が良いと思う。全国どこの劇場でも、8/4~8/24の間しか見られないらしいので注意。それでは。
追記:Netflixで配信中!
早くもネットで見ることが出来るようになったので、ぜひ見て感想を聞かせてほしい。コメントはページ下部まで、よろしくお願いします。
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