映画『BLUE GIANT』の主人公がドラムの玉田だった件

アニメ映画『BLUE GIANT』のネタバレ有り感想。特に原作との違いから書いていく。

映画『BLUE GIANT』の原作との違い-音楽の力に賭けた脚本

2月17(金)公開|映画『BLUE GIANT』予告編

2023年に公開された映画『BLUE GIANT』は、ジャズを描いた漫画を原作にしている。全10巻の原作の内容を2時間に収めるため、かなり大胆な脚本が書かれた。脚本を担当したNUMBER8氏は原作「BLUE GIANT」の担当編集を連載開始前から務め、現在はストーリーディレクターとしてクレジットされている方で、作者の石塚真一氏が、映画製作の条件として、脚本をNUMBER8氏に担当してもらうことを提示したらしい。

2時間の中に、石塚真一氏の真骨頂ともいえる細かな人間関係の深まりや、10巻という長い時間をかけて高まっていく熱量が描けるのか。結論としては、描けなかったのだろう。原作で宮本大が東京に行くのは4巻だが、映画では大が東京に行くところから始まる。大幅なショートカットである。

日本人として最高峰のピアニストである上原ひろみが作曲し、自ら演じたライブシーンを少しでも長く届けるため、ある程度ストーリーの部分を簡略化して、再構成した形だ。いわば、ストーリーを縮めてでも、音楽の持つ力に賭けた、といえるだろうか。

しかし、この映画版の再構成によってテナーサックス・宮本大ではなくドラム・玉田俊二が主人公ともいえるような動きをするのである。

4巻までをダイジェストにしたことで変わったこと

原作では、宮本大の故郷・仙台を舞台に、彼がサックスに注ぎ込んだ熱量や、その過酷な練習風景、自分の壁を越えた瞬間やその過程で置き去りにされてしまう恋愛関係などが描かれた。そんな仙台での物語を割愛したことにより、宮本大はストーリー開始時点からサックスが上手い存在として観客に受け止められる

ART BLAKEY: DRUM SOLO – 1959
ブレーキの壊れたダンプカーと称されるアートブレイキーのドラムソロ

一方で、観客の目の前でドラムを始め、そしてその練習風景や挫折、そして終盤の開花まで、その全てをスクリーンにさらけ出したのが、ドラムの玉田俊二である。特にアートブレイキーばりに連打するSo Blueでのドラムソロに彼の修練の日々を感じ取り、思わず涙をこぼした人も多いようだ。物語の構成上、観客は既に上手い宮本大ではなく、目の前で成長していく玉田俊二に共感する構造になっているのである。

ドラマー・石若駿の活躍

ドラム演奏を務めた、日本を代表するドラマーの一人である石若俊は、序盤であえて下手に叩いたり、初心者ドラマーらしく簡素なドラムセットで演奏した。またモーションキャプチャーにも自ら取り組み、その動作をアニメに落とし込んだ。そうした表現の積み重ねにより、映画『BLUE GIANT』は玉田俊二の成長物語となった。

ジャズの厳しさとサラリーマンとなった玉田の未来像

原作マンガでも何度も触れられるように、ジャズの世界は厳しい。ただでさえ音楽で生計を立てることは難しいのに、ジャズそのものが現代においてはマイナージャンルであるからだ。その中で、ジャズを心の底から信じている宮本大。彼がぶつかる困難と、そしてそれを乗り越える圧倒的な努力と熱量。それが原作の大きな魅力だ。

映画版ではそういった要素は少なく、どちらかというと壁にぶつかったのは玉田と雪祈だったように思う。また途中で挿入された、未来の関係者インタビューシーンでは、玉田がドラムをやめ、就職している姿が描かれる。なつかしき日々として「JASS」での演奏を振り返り、「明日も朝から営業だ」、という言葉でインタビューは締められる。

原作7巻でも玉田へのインタビューは描かれるが、ドラムを続けているかどうかは、どちらとも取れるような描かれ方になっている。恐らくこのインタビューは将来、大スターとなった宮本大の過去を振り返るインタビューという設定だろうから、本来「明日も朝から営業だ」という言葉はカットされるシーンと言えるだろう。そういったシーンをあえて映画版では追加した

言い換えれば、玉田俊二という存在をぐっと観客の元へ引き寄せるために、あえて「サラリーマンとしての玉田」を強調した

映画を見る我々の大多数は、音楽家ではなく、あるいは夢をかなえた何者かでもなく、目の前の生活をこなしている一般市民であるからだ。そんな存在が、努力の末に、日本最高峰の店であるSo Blueでドラムソロを叩く。この物語にこそ共感がある。

おわりに-等身大のキャラクターとしての玉田

『BLUE GIANT』は宮本大というサックス奏者が、ジャズの巨匠となっていく物語と言えるだろう。しかし本作を見て、人は巨匠が生まれていく歩みよりも、等身大のジャズドラマーの誕生に共感するのではないかと思う。今回、脚本から宮本大の物語の大部分を割愛したことは、恐らく賛否が分かれると思う。だが2時間という制約の中で、大きな印象を残す構成として、意図が見える脚本だったのではないかと考える。本作は、様々な選択が取りえた中で、最善を選び取ったのではないかと思う。

ただ原作ファンの筆者としては、この物語を受けて、宮本大のキャラクターが観客に伝わりにくくなっていることは少し残念でもある。原作マンガは「BLUE GIANT」全10巻→「BLUE GIANT SUPREME」全11巻→「BLUE GIANT EXPLORER」既刊8巻と続いている。映画の続きともいえる「BLUE GIANT SUPREME」には、多くの魅力的なジャズプレイヤーたちが登場するので、ぜひ読んでほしい。それでは。

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映画『BLUE GIANT』で素晴らしい楽曲提供・JASSのメンバーの演奏を行ったミュージシャンたちの解説。

【BLUE GIANT】原作の描写から宮本大のサックスの音を考察 - Voyage Bibliomaniac
「音が聴こえるマンガ」と評される石塚真一氏の傑作「BLUE GIANT」。原作の描写を取り上げながら、主人公・宮本大のテナーサックスの音を考察していく。

原作から聴こえてくる宮本大のテナーサックスの音に関する考察。

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